男マンの日記

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RollingStoneサイトでのケニー・オメガ、棚橋弘至インタビュー比較感想。1・4,2人の対立軸について

 

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新日本プロレス、2018年の興行は終了し、1・4東京ドームまであと10日ほどとなりました。

 

その状況の中、1・4でIWGPヘビー級選手権を闘うチャンピオン、ケニー・オメガとチャレンジャー・棚橋弘至のインタビューがカルチャー系情報サイトの「ROLLING STONE JAPAN」に掲載されていました。

 

プロレスメディア以外での、2人とものインタビューということで、一般層に向かってどのようなアプローチで発信するのか。互いの記事を読み、比較してみました。まずはケニー・オメガインタビューから。

 

rollingstonejapan.com

新日本以前の経歴にも触れ、「ベストバウト・マシーン」と絶賛した上で、

会場の規模は言うに及ばず、そこにリングがあろうとなかろうと、さらには相手が男であろうと女であろうと(時には非生物でも!)、ケニーは常に全力で観客を沸かせる試合を続けてきた。

と、数々のDDTでの名勝負、路上プロレス系から里歩との試合、ヨシヒコとの試合でも名勝負を残してきたケニー・オメガに対しての最大限の賛辞からインタビューが始まり、棚橋戦に向けてのトラッシュ・トークに。

そして、棚橋がケニーに「品がない」と発言したことに対し、

結局、彼にとっては新日本プロレスがすべてであり、さらに言えば、そのエースである自分のスタイルだけが正しいと思い込んでいるんだ

とバッサリ。カナダでのキャリアからDDT、全日本、SMASH、我闘雲舞など、様々なシチュエーション、様々な団体に参戦してきたケニーからすると、棚橋の主張は狭量なものに見えるのかもしれません。

 

そして、そんな棚橋を批判していくケニー。もともと喋りの巧いケニー。

敢えてゲーム機で例えるけど、棚橋サンは“ファミコン世代”のプロレスをしてるんだよ。もちろんファミコンは最高のゲーム機だし、素晴らしいタイトルも数多くある。だけど時代は、どんどん進化していて、ファミコンの時代には考えられなかったようなゲーム機やタイトルが続々と登場しているし、ファンもそれをエンジョイしている

と、ゲームに例えて批判。非常にわかりやすい。そして追い打ちをかけるように

ある観点では正しいのかもしれないけど、だからといってイマドキのゲーム機に「品がない」と考えるのは大きな間違い。そういうことを言う大人って、日本語ではなんていうのかな(通訳に質問をして)……そう、“老害”だよね(笑)

とズバリ。老害・・・。先に「品がない」と仕掛けてきたのは棚橋とはいえ、こうズバリ言い切るところはすごい。ちょっと自らヒール的な立場に立とうとしているようにさえ見えます。

そして、棚橋批判だけではなく、自らのプロレス哲学として、

極端に言えば、俺が楽しませたいのはプロレスファンというよりも「人」なんだ。プロレスを知らない人が観ても、一瞬で虜になってしまうような試合を心掛けているつもりだよ。

と、広い大衆にアピールしたい、ということを改めて宣言しています。ここらへん、「知らない人に届けたい」、「渋谷のスクランブル交差点でプロレスしたい」と発言している飯伏幸太にも通じるポリシーを感じます。ハードコアな試合からコミカルな試合までこなしてきたケニーだからこそたどり着いた境地なのかもしれません。

 

インタビューの後半では、棚橋との共通点についても語りつつ、あくまで「棚橋が守りたいのは自分のポジションはプライド」と批判的なスタンスを崩さず。しかしケニーがインタビュアーに問われて応えた「トップに立つプロレスラーとなるために必要な3つの要素」にも彼のしっかりとした考え方が伺えます。かなり理知的にプロレスについて考え、愛していることが伝わるインタビュー。面白かったです、ぜひご一読ください。

 

   

 

rollingstonejapan.com

そして同じサイトに後日掲載された棚橋インタビュー。棚橋の「品がない」発言に答える形で始まったケニーのインタビューでしたが、棚橋インタビューもそこから始まりました。

「言葉の選び方が適切ではなかった」とする棚橋、改めて発言の真意を聞かれると、

これはケニーに限ったことではないんですが、最近の新日本で行われている試合って、内容がどんどんエスカレートしているように思いませんか?

と説明。続けて「ときには反則や凶器攻撃が必要になる、ただそれは初見の方にプロレスは過激で、野蛮なスポーツだと思われてしまう可能性が高い」と。その風潮に釘を差したかった、としています。そして、そこからケニーに話が及ぶと

今のケニーがやってる試合って、単に自分の身体能力の高さを見せびらかしているだけだから。もちろん、彼の身体能力は称賛に値するものだけど、プロレスは、技の“凄さ”を競い合うだけのスポーツじゃない。あのスタイルがファンを喜ばせているのは事実だとしても、レスラーは目先のトレンドに惑わされず、ひとつひとつの技に意味と魂を込めて闘う、いわゆる「人間力」の“凄さ”を競う試合をしなければならないんです。

と。「人間力」?と疑問が浮かばないわけでもないですが、技に意味と魂を込めて闘うのがレスラーだと発言。その後も「海外のファンに媚びているケニー」と批判。そして続けて

日本の団体が世界で勝負するなら、自分達が自信を持って育ててきた日本のスタイルを届けなきゃ。もちろん、純粋な新日本流が受け入れられるのには時間がかかるかもしれない。だからといって、安易に海外に迎合していたら、結局のところ競争力を失ってしまう

として、自分は海外のファンには媚びず、「新日本流を貫く」として、そこでケニーに対抗すると発言。あくまでケニーを「エスカレートするプロレス」の象徴として、そうではなく技に魂を込め、「人間力」を観客に伝える、というのが棚橋の主張でした。

 

その後、ケニーと同様に「プロレスラーとして必要な要素」を3つ答え、インタビューは終了していました。こちらも読み応えのあるインタビューでしたので、ぜひお読みください。2人のインタビューを読むと1・4への対立軸がとてもわかり易くなっていくと思います。

 

ただ、個人的に棚橋のインタビューに引っかかりが会ったのも確か。「人間力」については今でも疑問がありますが、棚橋自体、人間的な部分をムキダシにするタイプでもないと思いますし、技に意味合いをもたせて気持ちを見せるという点では去年のG1決勝戦で代々のバレットクラブリーダーの必殺技を次々と出してから勝利したケニーは誰よりも技の意味を考えるレスラーのはず。わかりやすい対立軸におさめようとするあまり、ディティールに矛盾のある噺だったような気もします。

そして、「エスカレートする攻防」について、確かに片翼の天使は垂直落下式ですが、ケニーのそれ以外の技はそこまで危険なものが多いとも思えません。頭からガンガン落とす、という試合運びでもないですし、ケニーの試合に原因があるわけではない。

試合中のケガについても、頭を打つ、というより試合日程の過密や、切り返しの攻防が多いため、という点も無視できない。安易に「ケニーのスタイル=過激」とすることは無理があると思います。

なので、ケニーに比べ、棚橋の方はわりとふんわりとしている、というか、思想的にはっきりとしたものは薄いかなとも思いました。そもそも理論派というわけでもない棚橋。試合で見せる、という意識が強いのかとも感じました。

 

そして泣いても笑ってももうすぐ1・4。ケニーの契約など、来年どうなるか、という不確定要素もあり、この試合がどうなるかで来年の新日本の流れが左右される一戦となります。当日、私は新日本プロレスワールドで観戦予定ですが、固唾をのんで見ようと思っています。というわけでいろいろと考えながら1・4を待ち受けるのも、プロレスヲ楽しむ手段の一つだと思います。というわけで以上」!みなさん、ドームで会いましょう!