男マンの日記

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「未完のスーパースター」北村克哉を振り返る。

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突然の「北村克哉逝去」のニュースが与えた衝撃。

2022年10月12日、元新日本プロレス、現ボディビルダーの北村克哉が急逝、というニュースが出回り、マット界、プロレスファンの間にも衝撃が走りました。北村克哉は2016年から2019年に新日本プロレスに所属。闘っていたのは短い期間ながらも大きなインパクトを残し、2017年に行われたヤングライオン杯で見事優勝。将来を嘱望されていた存在でした。

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アマレスでの実績を残した上、31歳で入団。ケビン・ヤマザキのジムでトレーナーをしていたこともあってか身体も超人的に出来上がっており、入場からのリングでジャンプ、マッスルポーズとそのモンスター感は将来のビル・ゴールドバーグ、ブロック・レスナーか、と期待されたものでした。

そしてその期待感を示すものとして、その当時twitterで「北村系」というアカウントが次々と登場したことも記憶に残っています。北村のその怪物性、生物として、ファイターとしての強さを嗅ぎ取った人たちが次々とアカウントを改名。北村バンベイダー氏、スコット北村ー氏、北村バフバグウェル氏など、「北村系」アカウントの人々が熱く北村克哉を語っているのがTLを流れていきました。

 

いま個人的に振り返ると、新日本プロレスのメインストリームが技の切り返しの攻防2重きを置くようになっていき、その切り返しの技術が高度化、先鋭化していた時期に理屈抜きのデカさ、筋肉モリモリのカッコよさ、そしてアマレスの実績でもわかるその強さ。細かいことはいいんだよ!っていう文句なしのスター性がファンを引き付けたんじゃないかと思います。

そして、この要素がすべて組み合わさってプロレスラーとして実を結んだら、ほんとに見たこともないような、とてつもないスターが出来上がるんじゃないか、という期待感をもたせてくれたのが北村克哉というレスラーでした。

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2017年に行われたヤングライオン杯で優勝、2018年から先輩との7番勝負が組まれるなど期待されていましたが、その7番勝負の最終戦で脳震盪を起こして欠場、そして1年近い欠場を経て2019年年初に新日本プロレスから退団の発表がありました。

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欠場期間が長かったこともあり、「練習中の怪我のため」という理由以外でも様々な憶測が飛び、交通事故があったとかレスリングオブザーバーに書かれたりもしていました。プロレスファンに可能性と希望を振りまいてから嵐のように去っていった北村克哉。確実にその存在でプロレスファンに爪痕を残した存在でした。

 

 

迷走するYOUTUBER北村克哉。ボディビル、そしてRIZIN参戦

そしてプロレスを辞めてからの北村克哉はボディビルダー宣言をしてYOUTUBEを開始、しかしその歩みはなかなかスムーズにはいきませんでした。

まず、(おそらく)以前からの知り合いと2019年5月、YOUTUBEチャンネル「バルクアカデミー」を開始。ボディビルあるあるネタ、ダイエットめしネタ、トレーニングネタなどで順調に登録者数を伸ばしていき、ボディビル系YOUTUBERとコラボしたりと知名度を上げていきますが、10月に参加したボディビルのコンテストで思うような成績を挙げられず、2020年2月に突然バルクアカデミーが閉鎖。

その後、個人チャンネルを経て、何度かチャンネルを改名した末に違うスタッフとバルクアカデミー2を開始、そしてなかなか色々上手くいかないままAbemaTVの格闘技企画にも参加。安保瑠輝也の前に壮絶にKO負け。全体的に適当な仕切りのAbema格闘技企画で客寄せに使われる姿は結構辛いものがありました。

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そしてほぼ一年後、今度はRIZINに参戦。安保瑠輝也戦とは違い、かなり準備してきた北村。寝技で上になってパンチを振り下ろす場面もありましたが結果は敗北。ただ、試合がYOUTUBEに上げられると相手はボビー・オロゴンということもあり、とんでもない視聴数を叩き出していました。

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視聴数240万回は、こないだの堀口恭司VS金太郎を上回る数字。試合のクオリティでは全く及びませんが、それでもRIZINでのモンスターファイトとして話題をさらったことの証明。北村が小川直也のように、アントニオ猪木や佐山サトルに鍛えられていたら...。と想像せざるをえない。それも叶わぬ夢ではありますが。

 

正直、レスラーを辞めてからの北村克哉は人生うまく行っていたとは言い難かったでしょう。YOUTUBEも何度も挫折し、ボディビルの大会でもなかなかうまいこと結果を出せなかった。いろいろな挑戦を経て、それでも色んな人とコラボして、うまくいくのかな、と思った矢先に逝ってしまいました。

うまく行っていたとはいえない北村克哉のチャンネルでしたが、それでも色んな人に愛されるキャラクターや、天然な部分も見え隠れしていました。減量中に間違ってスパゲッティミートソース大量に食べてしまって師匠のシンさんに謝り倒す動画とか

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その後のシンさんの言葉。今見るとより泣けます。

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そしてバルクアカデミー最後の動画は今をときめくちゃんよたとのコラボでした。なんというか、これもまた北村克哉らしいというか。ここでの北村が見せてくれたのは、トレーニングへの真面目さが滲み出る一人のトレーナーとしての顔でした。

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今ならまだ色んな動画が残ってるので、バルクアカデミーの動画を見てみると、北村克哉が愛された理由がわかってくるかもしれない。なんというか、色々と目の話せない人だったように思います。

 

 

グレート-O-カーン、北村克哉に送るポーズ&言葉

そして、北村克哉と同期で新日本プロレスに入団した現グレート-O-カーン。NJPWWORLD認定TV王座トーナメントが始まった10月14日、15日とバックステージコメントで北村克哉についてのコメントを残しました。

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特に10月15日、北村克哉に対しての思いを「今から1分だけ、プロレスラーを辞める」として、キャラクターを脱ぎ捨てて吐露しました。

いま、いまから1分だけ、プロレスラーを辞める。

そうだ。いまはグレート-O-カーンだ。だから北村克哉なんか知らねぇよ。でももし、北村が同期だったとしたら、あいつのトンパチのせいで、どれだけとばっちりを受けたと思う? 数え切れねぇよ!

だから...。もしあいつが同期だとしたら、余は北村のことが大嫌いだった。でも、いちファンとして見たら大ファンだったと思うよ。余はトンパチになれない。だから、あいつみてぇに、好き勝手生きてよぉ! 他人に迷惑かけても、後ろを振り返らないで、ああいう生き方が魅力に見えたし、最高にプロレスラーだったと思うよ…。

まあ、そんなあいつは、プロレスラーであることを辞めた。そういう道を選んだ…。あいつが選んだ道と、俺が!! 選んだ道。俺が選んだ道のほうが正しいって絶対示してやる…!

あのバカよぉ! 最後の最後までよぉ!人様に迷惑かけやがってよぉ!あぁ、ふざけんじゃねぇよ!いままで積み上げたものが全部パーだ!

余の選んだ道のほうが正しいって、絶対示してやるよ。そんとき、あの世で会ったら、クソまずいちゃんこまた作れよ!それで迷惑かけたぶんチャラにしてやるよ。

そんでまた……またグチでも言おうか。あばよ…

 

あ、あともう1コだけ言っておくよ…。モンスターレイジは、正式に解散だ!

最後は北村と組んでいたタッグチーム、モンスターレイジの解散を無骨に告げて去っていたオーカーン。どれだけ北村が愛されていたか。この二人の関係性の濃厚さを感じさせてくれるコメント。北村克哉。本当に若くして急逝したのが惜しい「未完のスーパースター」でした。改めてご冥福をお祈りいたします。