男マンの日記

マンガ、落語、お笑い、プロレス、格闘技を愛するCG屋の日記。

うすた京介とジャンプ+のツイッター上でのやりとりが「プロレス」と表現されることについて考えた。

アイコン用イラスト作成中です。ご依頼はこちらから!

コミカル&愛される!アイコン用イラスト描きます ポップで可愛い、目を引くアイコンはいかがですか?

この件についてはツイッターでいろいろ呟いたんですが、ちょっと散文的になってしまったので補足をしながら自分のつぶやきを一通りまとめてみました。

うすた京介とジャンプ+の編集者のやりとりが軽い事件に 

先日、私が1日外で過ごして帰ってきたらなにやらこういう事件が起きていました。

togetter.com

でもって、そのやりとりについて「プロレス」という表現をしている人々が何人か散見されて、その表現についてプロレスファンが不快感を表明する、という事が起こっていました。

実際、後からこのやりとり見たんで単純に「編集者感じ悪いな」っていうくらいの感想しか無いですが。まあ、ただ滑ったというか。「できの悪いコント」みたいな感じでしょうか。

初見で自分がつぶやいたのは、うすた京介とジャンプ編集者のやりとりは厳密に言うと「プロレス」というよりは「試合に向けたプロレスラーのマイクアピール合戦」というのがより正確な表現なのではないかと思ったこと。この場合、試合はマンガでやるわけだし、ケンカはその前段なわけで(下手ですが)ただ、こういうのを「プロレス」って誰がどこで言い出したっけ・・・。と考えてみました。

「プロレス」という言葉の使われ方の変化について

そして考えてみると、ぼんやりとした記憶ですが去年くらいから、「ある程度落とし所の決まってる口喧嘩」を「プロレス」と表現して、その表現した人がプロレスファンに叩かれる、という現象が何回かあったように思います。そして、それがどこから始まったかというと、テレビでそういうものを「プロレス」と表現し始めたのってケンコバとか千原Jrとかその界隈あたりじゃないか。その手前に「ガチンコ」って言葉ありきで。

 

TV界ではまず「ガチ」とか「ガチンコ」というプロレス界の隠語が広まって番組名になるくらいになって、その対比として「プロレス」という言葉が言葉のやりとりにも使われだしたんじゃないかと。そのたびに叩かれるのはそこで行われていることのクオリティが低かったり人の心を掴めないから。

 ここらへん記憶を辿るしか無いんですが、千原Jr自身結構、大物に怒られた、先輩に怒られた的な芸人のエピソードの受けとして「ガチやな~」って言う言葉を使っていたのでその派生で「プロレスしてほしいよな~」みたいなことを言い出したのを聞いた記憶が。結構昔にくりぃむしちゅー有田とかも言ってた気もしますが、あまり頻繁には聞かなかったので千原Jrが使い始めて吉本芸人中心に広まっていったように思います。ここらへんは詳しい方にまとめてほしいところ。

また、それとは別の文脈で、スポーツ新聞などの政治記事で、与党と野党の見え見えの談合的なやりとりを「プロレスごっこ」というように否定的なニュアンスで「プロレス」という言葉を使う風潮は以前からありました。まあ、「ごっこ」って言ってるわけで、「プロレス」という単語を否定しているわけではないですが、まあファンとしていい気分はしないのもまた事実。 

スポンサードリンク

   

結局うすた京介とジャンプ+編集部のやりとりが「プロレス」と言われるのは、「ある程度のお約束を前提にした、観客を意識したケンカ」というくらいの意味合いで、こういう用途で「プロレス」が使われるのはプロレスが馬場・猪木時代より一歩踏み込んだところで理解されてるということではないか。いや、そういう見方はずっと前からされていたけど、今回の事件(?)を「プロレス」という言葉で表すようになってきたことでよりあらわになってきた。概念としてのプロレスの輪郭が顕になってきたというべきか。]

「プロレス」という言葉が使われている現実をプロレス側は利用すべき。

 ただ、「プロレス」という単語ががこのような使い方をされる事であらわになる部分もあって、世間の人がプロレスをどう見ているかがハッキリしてきたところはあると思います。もちろん使い方にグラデーションはあるので、一時期多かった「八百長」とか「茶番」という意味で使っている人もいるでしょうし、「派手な、観客を意識した闘い」という意味で使っている人もいる。そこらへんは実際のプロレスに対する理解度、印象によって変わってくるでしょう。

今回のようにネガティブに捉えられるようなことにプロレスが使われると、「こんなことをプロレスって言うな」という意見がプロレスファンから出てきますし、そこはもっともだと思います。ただ、一度言葉がある定義で独り歩きし始めるとそれをネガティブに使ったりポジティブに使ったりする人両方出てくるのは仕方がない話。結局「いい意味でプロレスっていう単語を使って欲しい」というのはファンなら皆思うことです。

今回批判されてるのは単純にクオリティの問題だと思ってるので、例えば爆笑問題と浅草キッドの一連のやつとか、いいとも最終回の揃い踏みとかああいうのを「プロレス」って表現している分にはさほど批判されないんじゃないか、とも思います。そこから本当のプロレスに興味を持つ人も出てくるかもしれないですし。 結局、私個人としてはあまり「プロレス」という言葉がこういう時に使われるのはさほど気にならないんですが、使う人から侮蔑的なニュアンスが漂ってきたらイラつきますし、的外れだったら「的外れだな」と思うくらいです。 

教養としてのプロレス (双葉文庫)

教養としてのプロレス (双葉文庫)

  • 作者:プチ鹿島
  • 発売日: 2016/07/14
  • メディア: 文庫
 

 おそらくこういうことに「プロレス」という言葉が使われる流れはすぐに無くなりそうにはないので、それぞれのファンが不快ならそれを表明し、間違いだと思ったら指摘する。その積み重ねをしていくしかないのかな、と思ってます。ある程度影響力があるからこそこういうことが起こるのも確かだし、上手く行けばプロレスが受け入れられやすくなっていくきっかけにもなるはず。したたかに利用していければいいと思ってます。

スポンサードリンク